Ombra e Luce

日々綴る言葉、或いは戯言

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8月の扉





放り投げず
逃げ出さず
じっくりと向き合う時
怖くても
辛くても
苦しくても



やがて次の扉を開く
力になるから






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ヒトリゴト |

Io odio Luglio





退屈で
幸せそうな
七月

ユリウス・カエサルの月
つまり
"Mese di Giulio"

なんてこと・・・
今まさに住んでいる
ここと同じ名前の月



七月なんて
ダイキライ







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ヒトリゴト |

遠い太鼓



四十歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目
なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても三十を過ぎてから
だけど)ずっと考えていた。

四十歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、
何かをあとに置いていくことなのだ、と。
そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと
好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。

四十という分水嶺を越えることによって、つまり一段階歳を取ることによって、
それまではできなかったことができるようになるかもしれない。
でも同時にこうも思った。その新しい獲得物とは引き換えに、それまでは比較的
簡単にできると思ってやっていたことができなくなってしまうのではないかと。



日本にいると、日常にかまけているうちに、だらだらとめりはりなく歳を
取ってしまいそうな気がした。そしてそうしているうちに何かが失われて
しまいそうに思えた。僕は、言うなれば、本当にありありとした、手応えのある
生の時間を自分の手の中に欲しかったし、それは日本にいては果たしえない
ことであるように感じたのだ。





村上春樹/「遠い太鼓」より








言葉 |

攻性の女




古城に閉じ込められたお姫様
いつの間にかそんな気分になっていた


冗談じゃない
泣きながら王子様を待ってるのなんて柄じゃない


アタマとカラダとできる限りの手を尽くして
自らの内なる声を信じて飛び込んでいく
そういう女でありたい







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ヒトリゴト |

不幸な朝食





コゲたパンと
潰れた目玉焼き

いつもの材料なのに
全く違う食べ物








ああ・・・
考え事をしていたとはいえ
こんなのはじめて
朝から最悪

でも
今日一日分の不幸をここで背負えば
残りの時間はきっと全部幸せ




やっぱ
目玉焼きにはケチャップでしょ?










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